|
|
一寸だけ関係者だった者様
ご指摘有難う御座いました。その通りで御座います。失礼しました。
管理人さん
>飛燕の本土防空でB-29と戦ったのも、欧州で言えば1941年(昭和15年)当時のメッサー
>Bf109E型でB-17より高性能のB-29へ挑んだ訳ですから、悲壮というかドンキホーテ
>というしかありません。
大変良く解るたとえで驚きました。さすがは独機ファンですね。兵器・作戦をシステムと
して捉えられなかった、旧軍の情けなさですね。しかし、その分しわ寄せは搭乗員に来ました。『「紫電改に乗りたくなかったですか?」と良く聞かれるが、搭乗員には機材は選べないので、与えられた機材で戦うしかなかった。』と、52丙で最後まで戦った谷水さんは生前おっしゃっています。
添付は、10年前のコスフォードです。後方にシュワルベの一部が写っていますが、その向こうにコメートが有ったようです。<海外で6分頭になる私は、独機の写真はほとんど撮りませんでした。>
管理人さんは川重ともご縁が深いのですね。「神戸ポートピアの企業博物館の設計施工」
メリケンパーク以外にも川重博物館が有るのですか?知りませんでした。メリケンパーク
の分なら先週、前まで行きました(閉館時間後だったので・・・)。
川重の噂は、社員の方から聞きました。まだ、微妙な時期の様なので詳細は勘弁して下さい。まだ何も具体化していません。
もう少しして、動き出したらメールでお知らせ可能と思います。
|
|