巽の間掲示板



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63件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[63] 長刀直しにつきまして

投稿者: 月本 投稿日:2017年 7月 3日(月)22時32分22秒 pl22477.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 ある方より「何故昔は薙刀直しの刀が大切にされたのでしょうか」という質問メールをいただきました。
携帯で打って行くのは大変なのでここに書きます。幸若舞の『剣讃嘆』を読むと以下のようにあります。

時宗に参らす太刀の謂うれを、語て聞かせ申さん。昔、天竺よたう山に、れううんといふ滝あり。かの滝の双岸に、三尺の鉄の丸かせありて、日夜に人を悩ます。ある時、しやふりんといふもの、祈り出し、柄、身に八尺の長刀に打たてて持つたりしを、かううんといふ者、盗み出し、これを唐へ渡す。唐より日本に渡さるる。奈良の御門の御時「かかる名誉の長刀を、太刀にせむ」との宣旨にて、鍛冶の上手を召さるるに、奥の舞草と三条の小鍛冶と彼らは名誉の上手とて、この長刀を二つに分け、二人の鍛冶に預け給ふ

 やがて出来上がった太刀は舞草作が三尺、小鍛冶作が二尺七寸であったことから小鍛冶が鉄を盗んだとされ、投獄されてしまいます。すると二振りの太刀が自然とさやから抜けて切りあい、小鍛冶作が舞草作の先三寸を切って自分と同じ寸法にするという出来事が起こりました。

 この話は岩波の 新 日本古典大系の『舞の本』を見ながら書いていますので、本文はこちらでご確認ください。

 この話を読むと中世の人は立派な長刀を改造した太刀には不思議な霊力が宿ると考えていたようですね。
 槍の登場以降、長刀はその地位を取って代わられたかというとそうではなく、長刀も重要な武器として戦国時代にも使われています。
 その長刀をわざわざ刀に改造するのには散見する「槍の登場で長刀の需要がなくなったので」という説明は、私は納得していません。むしろ別の理由を考えるべきだと思います。
 槍が消耗品として使われ、所謂「名槍」が出現するのは戦国も終わりのころです。鎌倉末期~南北朝に登場したという槍ですが、結局ただの実用品・消耗品と考えられていた時間が長かったということではないでしょうか。
 それに対して『平家物語』の諸本の中では清盛が厳島明神から授かったのは「手鉾」とするものもあれば「小長刀」とするものもあります。つまり名槍が出現するずっと前から長刀は霊格の高い武器と考えられていたのでしょう。
 そうした立派な長刀を太刀・刀にすると強い霊力を持ったものになると考えられていたのでしょうね。
 刀の世界では「長刀直しに鈍刀なし」とも言うそうです。それは長刀なら何でもよいというわけではなく、やはり名作が改造されたからではないでしょうか。
 ちなみに長刀というと女性の武器、というイメージがあります。勿論そんなことはないのですが。ただ、天皇陛下が政務をとられるところへ渡られるとき、女官が御剣を持って従います。
 陛下の御剣というのは勿論ただの軍刀ではなく、霊器と考えるべきですから、そういう霊的な力をもったものについてはシャーマン性の高い女性が保持することがふさわしいという考えがあったのかもしれません。とすれば長刀も同様に考えられるのではないでしょうか。




[62] 短刀、「来」のようです

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月30日(金)10時57分24秒 pl22477.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 お稽古の皆様へ

 先般研師さんから「古い」といわれた短刀ですが、研ぎあげた結果、刃中の働き、地肌、地映りなどから「来でしょう」という連絡が研師さんからありました。
 もう一振りはこれからの研ぎですが地肌、映り、姿や中心などから「当麻でしょう」とのこと。二振りとも鎌倉時代のものということになりますね。まぁ、当麻の方はわかっていましたけれど。
 両方とも研ぎを終え、拵を直し、鑑定書を取ったら順次お稽古の時にお見せしたいと思います。
道楽ですねぇ。来月は吉道と金道の大小拵もできる予定ですのでたぶん、貯金残高は二十万円あるかないかになります。
 老後資金が溜まることはまずなさそうですが、仕方ありません。明日の命と引き換えに今日の命を生きているのですから。

 滅んでしまったジャワ原人や北京原人、ネアンデルタール人のような古生人類と私たちホモサピエンスの違いは想像力の有無だといわれています。我々の遺伝子のほとんどはホモサピエンスですが、わずかにネアンデルタール人のものも含まれており、両者に動物学的な違いはない。ではなぜ、ネアンデルタール人は滅び、ホモサピエンスの子孫は今に至っているかというとこの違いにより、例えば神や仏など実際には存在しないものを空想し、信じることができたから。それにより文化を作ることができたから。そしてまた「美しい」という概念を持てたから、と言われています。
 刀など人斬り包丁と言ってしまえばそれまでです。しかし、それはせいぜいネアンデルタール人の発想。われわれホモサピエンスはそこに「神」を感じ、「美しさ」を感じる。
大事なことだと思います。皆様に見ていただきたいのもそのためです。

 居合=不意に襲われたとき、とっさに刀を抜いて身を守る術、と説明する人もいます。まぁ、私はそれだけだとは思いませんが…。いずれにせよ、相手を倒して、いえ、殺して自分が生き残るための術であることには変わりないでしょう。
 では、何故、人を殺してでもあなたは生きなければならないのですか。そう聞かれたら答えられない人もいるかもしれませんし、答えられたとしても理由は様々だと思います。
 私の理由は「刀」です。刀を一振りでも多く、「美しく」保存し、今を生きる人に見ていただき、「美しい」と感じる心を自分の中に確認していただくため。そしてより長く伝えられる状態で保存し、次の時代に渡すため。そのために私は生きていますし、日本刀を腰に差しているとき、不意に誰かに日本刀で襲われたら刀を抜いて相手を倒して生き残ります。それもこれも、刀のためです。
 「老後資金」と称して刀に使うべきお金を惜しんでは私が生きている意味も、ましてや七十や八十まで食いつないで生きてゆく意味はないと思っています。
 実戦では。残念ながら私の居合ではM16やAK47を持った相手には勝てないと思います。9ミリ拳銃が相手でも無理です。まぁ、ですから、私の居合は現代の実戦の役には全く役に立ちません。
 でも、こんな役に立たない、時代遅れの居合でも「人を殺す」という前提で稽古することで、「では、何故私は人を殺してでも生きなくてはならないのか」ということを考える場にはなり得ると思います。
 「場を提供しているだけ」と、そういう意味では私の居合は技術や知識の部分以外、人に教えることはできません。人格形成の道の方はどなたかそれが教えられる偉い先生とか家元とかのところへ行ってもらうしかありません。
 私には自分の命の意味を自分で考えるための技術や知識しか提供できないのです。良い刀を見ていただくのもそのための一環です。そしてまた私の命の意味を自分自身に明らかにするための行為だとも言えます。

 刀を見てもらうなど、ただの骨董自慢と言ってしまえばそれまでですが、お付き合いいただければありがたいです。



[61] 襖、交換しました

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月24日(土)11時25分17秒 pl22477.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 お茶のお稽古に来ていただいている皆様へ

 安物の建売を買ったおかげで間仕切りの襖の幅が狭く、ご迷惑をかけておりましたが今回、二階の襖をすべて変えました。間仕切りの幅も通常サイズですので次回からはお稽古がしやすくなると思います。

 大阪のお稽古の皆様へ

 柄で相手の刀を止めて撥ね飛ばす件ですが、加古川の稽古では上手くできているのにどうしてだろうと考えてみた結果、説明方法を思いつきました。
 次回のお稽古で説明したいと思います。

 稽古用に買って研ぎに出してある短刀は地金が柔らかく、振袖茎で前回のものよりも古くてよいものと言われ、困っています。
 仕方ないので研ぎあげて拵を直し、鑑定を取った上で処分するつもりです。誰か知っている人で大事にしてくれる人、と以前なら考えたと思います。
 しかし、今は思いません。三十年の付き合いがある人でもなんだか最近、変です。年末に譲った太刀金具一式と鍔を1月になって二割の値引きと支払い猶予を電話で申し入れてきて、結局支払いがあったのは四月末。
 で、気が付きました。結局私は友人相手の商売をしていると思われたのですね。それは大変不愉快なことです。
 やはり、刀を処分するなら業者に限ると思いました。この短刀も鑑定書があり、拵もきちんとした状態で手放せば次に買った人は高いお金を出して買うことになると思います。
 でもそれでよいのです。高いお金を出したからこそ大事にするということがあるとおもうので。とにかく友人知人には誰に対しても刀も刀装具も二度と譲りたくありません。
 その友人は目が不自由なのに付け込まれて業者にとんでもないものをつかまされていたのが気の毒で、刀装具何点かを無料で差し上げたことがあります。
 でも、それは結局友人のためにはならなかったのだと思います。騙されて嫌になれば刀いじりなどやめればよい。悔しければ本気で勉強すればよい。周りが変に手助けをしてはいけない。そのことに気が付きました。
 どこかで「同情はいらない、理解がほしい」という障害者の言葉を聞いたことがあり、今でも覚えています。結局私はその友人に「同情」していただけで「理解」しようとしていなかったことに気が付きました。反省することしきりです。
 反省は友人に対してもですが、刀や刀装具に対しても。刀は人を活かすことに使ってこそ意味があるもの。私のしていたことはその真逆でした。本当はこんな人間が居合など教えてはいけないのでしょうけれど。
 でも、ニーズもあり、お稽古の後で飲むのが楽しいですから。皆様には私から学ぶのは技術や知識だけ、人格形成についてはもっとえらい先生方から学ぶとか哲学や宗教を学ぶとか、何か別の方法で学ぶと割り切って接していただければ幸いです。
 まぁそれに「他山の石」ということもありますから。



[60] 脇差鍔、買いました

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月14日(水)22時09分9秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 最近、脇差がマイブームのようです。脇差鍔をもとめました。何の彫刻も透かしもないただの鉄鍔です。木瓜形で両櫃ですが、凸型の笄櫃はなく両方とも半月形、小柄櫃には銅のかわり金が入っています。
 面白いなぁとおもうのは耳に赤銅の覆輪がかけられていることです。どこかで継いでいるのでしょうけれど、継ぎ目はわかりません。
 いずれにせよ、大切にされていたものだと思います。勿論居合の稽古には使いません。
ただ、手の中で眺めているだけ。鉄味を楽しんでいます。
 今まであまり脇差鍔に目が行くことはなかったのですが、先日脇差で稽古をしたせいか、ふとこの脇差鍔が目に留まりました。
 もう、大小拵をするつもりはありませんし、刀ももう買いませんから、当然脇差も新たに手に入れることはありません。従って拵に掛けることはない鍔ですけれど、使えばよい拵ができそうだなぁと思っています。
 そうですねぇ、何か小ぶりな直刃の気の利いた脇差に図柄は思いつきませんが赤銅魚子地の縁頭に後藤の目貫。そしてこの鍔を赤銅鍔のかわりに使えば、内々の盃事とか茶会などにさしてゆけるのではないかなと思いました。存外古そうな鍔だと思います。見ているとまた、脇差でのお稽古がしたくなりました。



[59] 脇差のお稽古

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月11日(日)15時36分1秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

  昨夜、お稽古に行ってまいりました。最初に少しだけ自分の時間を頂いてお稽古。久し振りに脇差。片手早抜きをやってみました。そうすると皆さんも興味があるようですので、早抜き以外にも脇差の正座などもやってみました。
 久し振りにやりましたけれど、やっぱり脇差はたのしいですねぇ。そういえば何日か前「山内派」でネット検索したらどこかの会のトップページが大小差しての写真となっておりました。 山家派の脇差、楽しいのでしょうねぇ。
 参加者から大小さした状態での居合という声がありましたので、実際やってもらいました。脇差の差し方からお話ししいているうちにあることがわかりました。
 私の柄の取り方で「それはなぜですか」と以前聞かれた取り方があります。「さぁ、ただの癖だと思います」と答えていたのですけれど、ある差し方をしたときの脇差で抜きつけるときの柄の取り方でした。すっかり忘れていて、動きだけが体に入っていて時々出ていたのですね。
 それにしても豊後統行。姿から見て慶長から寛永にうつったころの作ではないかと思います。寛永新刀の姿なのですが、切っ先に力があるなどちょっと慶長新刀の面影がある気もしますので。
 磨上で五分ほど短くなっていますけれど、使いやすく、腰に疲れがきません。寛永と言えば島原の乱もあり、また、そのころと言えば紫衣事件、由井正雪の乱など戦国の遺風さめやらぬ時代だったと思います。
 また、肥前刀が上級者を対象にしたのに対して、高田物は中級武士を対象にしたともいわれます。
 そのせいもあるのでしょうか。とにかく、軽く、行軍には楽だったと思います。勿論お稽古もおかげさまで楽でした。
 お稽古用の脇差ですから、現代製の目貫を使うつもりで購入したのですが見ているうちに刀に悪い気がし、また、刀屋さんが閉店の時に下さった記念のものでもあるので後藤の目貫をいれました。
 そのときは「まぁ、めったに使うものではないから」と思ったのですが、使ってみるとまた折に触れて使いたいなぁと思いました。
 やっぱり脇差は楽しいです。遊びにきておられた合気道の先生が「どちらかと言えば、長い刀より脇差の居合を教えてほしい」と言っておられました。ちょっとわかる気がします。
 脇差の居合、結構かっこいいのですよね。



[58] 白か黒か、はっきりさせないと・・・

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月10日(土)12時09分15秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 先日落札した九寸三分の無銘は例え刃切れがでても研ぎあげて出鮫腰刀拵をつけようと思います。
 柄はありません。黒石目地に網目、それも四角ではなく、波の中で漂っているような感じです。何のデザインでしょうか。
 小柄も欠落しています。それで、ふとずっと以前、友人から贈られた小柄がありますのでこれを入れたいと思いました。手綱をなびかせて牛が走ってゆく図で「発心」をあらわす最初の図「尋牛」だとおもいます。
 目貫は赤銅で二頭の牛をかたどったものがヤフオクにでていたので落札しました。小振りであり、また、裏一面に漆が入っていることからやはり出鮫の短刀に使われていたものと思います。
 十牛図の図とは直接関係ありませんが、出鮫の拵を見てまず目につくのは目貫です。ここに牛を置き、その縁で小柄も牛、そして十牛図への連想。和歌や能本でも良く用いられる手法ですね。鍔は赤銅磨地の四隅に切り込みをいれて木瓜風にした鍔。平らではなく碁石形です。
 ハバキは銅に金鍍金の一重ですし、もともと私は金着せ切羽が好きなので金着せにしようと思います。鍔ともよく映るのではないかと思います。
 縁頭は角。と、ここまではすらすら決まったのですが、どうしようかなぁとおもっているのは鮫の仕上げです。白でゆくべきか、黒にするか。
 牛は裏表で四頭。それぞれにあるは蹄、あるいは尾、あるいは角、あるいは背中、あるいはそのいくつかに金が施されていて真っ黒ではありません。
 そうすると鮫を黒にしたらかえって締まるのではないかなぁと思います。ただ、そうすると柄が白よりは細く見えるので鍔との釣り合い、ひいては全体のバランスがどうかなぁと思います。
 鯉口も虫が食っているので鞘師さんにうまく造り直してもらわなくてはならないかもしれません。勿論いわゆる「こくそ」を詰めて漆で全体を仕上げなおす補修ができれば一番よいと思います。
 費用の事を考えると造り直した方がやすいのですけれどね。この刀もだけど、この鞘ももう一度世に出してやりたいのです。
 そこまでやって鵐目も下緒もつけ、鑑定もとって、さぁ、手放すとなるとまぁ、半値になればよいところでしょうか。勿論刃切れなどでたら半値にもなりません。

 でもよいのです。私はこの短刀をもう一度世に出してやりたいと思いました。

 私は「抜刀隊」の中の

 維新このかたすたれたる 日本刀の今更に また世にいずる身のほまれ
という歌詞が好きです。「日本刀」は「にほんとう」と歌うものと「やまとがたな」と歌うものがあるようですが、私はやはり「やまとがたな」が良いと思います。

 そこには会津も薩長もない、時代に捨てられていった士族への、そして江戸文化への思いがあるように感じます。

 さて、また方向かわってしまいました。

 鮫は黒か、白か、どっちが良いでしょうねぇ。



[57] 安物買いの銭失い

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月 9日(金)00時25分29秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 「俺、絶対あほや」と、心の中でつぶやき続けています。ヤフオクでまた錆味の無銘短刀を落とししまいました。
 九寸三分。その寸法からも研ぎ減りがわかろうというものです。また、刃区のところをみるとくっきりとした三角定規のようなでっかい研ぎ溜まり。末古刀と思いますが、それなら帽子の焼が深いはず。深くありません。深くないのではなく、研ぎ減って刃が下がってきているのでしょう。
 でもなあ、中心が良いのですよ。形、錆色、切に近い浅い勝手下がりの鑢目。きれいに丸く端正な中心先。この中心に惚れてしまいました。
 刃は、・・・。まぁ、あると思います。直刃のようで、刃中盛んに砂流しかかっているようにもみえますが・・・。まぁ、「のような気がする」だけかもしれません。

 普通ヤフオクで馬鹿な買い物は夜にするのですよね。まぁ八時頃だったと思いますので夜は夜です。
 で、次はというと酔っていてやってしまうのですよね。月曜日から一滴も飲んでいません。仕事があるから当たり前ですけど。

 それで、こんなバカな買い物をしてしまいました。

心の中の「大和系統かなぁ、宇多かなぁ、古刀だよなぁ、古刀の献上品や奉納品なら生無銘であたりまえだよなぁ、このまま錆朽ちさせるのはかわいそうだよなぁ」という悪魔のささやきに負けてしまいました。

 ヤフー決済で支払い、送先は研師さんの家。

 「ちょっと気になる無銘があるのですけれど、刃があるかどうか。中心は良いと思うのですけれど。相当減っていますし、先日一振り買ってお願いしたばかりで金もなし。まぁ今回はやめておきます」

と、つい先日研師さんと電話で話したばかりなのに。

 そんな金があったら溜めておいて研ぎ身、在銘、鑑定書付きを買えばよいのにと思うのですが・・・。「安物買いの銭失い」ばかりしています。



[56] 片腰様

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月 7日(水)20時24分0秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 書き込みありがとう御座います。伝統文化の世界はやる事は別でも共通する考え方があるときもありますね。
 利休の手前をどれほど完璧にコピーしてもそれは他人の茶であり、自分の茶ではない。茶にはそういう考え方があるそうです。伝統芸能の中で語られる事は現代人には分かりにくいことも多い半ですが、この話など、人工知能とロボットの発達で利休の手前を機械が完全に復元したからと言ってそれを「利休の茶」といえるかどうか。そう言うたとえをすれば師匠の技を丁寧に学ぶ事は勿論大切だけれど、それだけでは古典芸能は継承できないと言う事が良く分かると思います。形をどんなに完璧にコピーしてもロボットはロボットで、ロボットは茶人ではありませんから。
 やはり、自分の工夫というのが大切だと思います。それは茶会のしつらえばかりではなく、日々の稽古においても同じ事がいえると思います。
 そしてそれは居合でも同じではないでしょうか。山内豊健先生が共著で出された『図解居合詳説』の中に「二尺五寸以上は、ただ鞘を外すというだけで居合ではない」という内容の一文があります。
 私が使っている三尺一寸三分は確かに山内派の色々な伝承の稽古に不向きなときがよくあります。でも、それを承知で私は長年これを使い続けました。私の居合の一番悪い癖は左手を使わず右手だけで抜いてしまう癖です。これを矯正するには他の色々な方法より、私にはこの刀を使うことが最も適していました。
 伝承の中で何が大事かを自分なりに考え、自分なりに稽古に優先順位をつけること自体も稽古だと思います。
 先日何人かお越しになったときは刀袋の緒の結びをやりましたね。結びといえば、お稽古場でも時々下緒の結び方をやります。地獄捜のとき、結び玉の意味を知っておけば便利ですし、特殊なことばかりではなく普通の蝶結びを知っていれば片付けがきれいですし、下緒が刀袋の中で痛むのを防いでくれると思います。
 個別の業は勿論、全体の基本となるような技術、あるいは居合とは直接関係なくても役に立つ刀関係の知識など。学び方、あるいは教え方は人それぞれに工夫することに上手く伝わるように思います。
山内家に伝わる介錯のときの懐紙捌きを知っていると介錯の意味も分かりやすいですね。
 最初の内は形とか基本とかは本当に大事ですけれど、ある程度お稽古が進めばかえ業や、あるいは今回の八重垣のように自分なりの工夫をした稽古も良いことだと思います。
そして仲間同士こういう情報を共有できたらお稽古が楽しくなると思います。
 お稽古用の脇差に拵がつきました。磨上在銘一尺七寸五分豊州高田住藤原(以下切)と
それでもまだ長いのでお稽古してみたらどうなるでしょうねぇ。私は一尺三寸位の脇差が一番すきなのでこんな長いのは使ったことがありません。まぁ刀より短いわけですから、短刀や小脇差を抜くときと同じように、ちょっと下村チックに抜いてみるのがよいのだろうなぁと思っています。



[55] 蛇足ですが試行錯誤

投稿者: 片腰 投稿日:2017年 6月 6日(火)18時42分11秒 p1895109-ipngn200609osakachuo.osaka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

お稽古がすすめば試行錯誤はするもの。想定を試したり文献を探し回ったり勿論師匠や仲間にも聞く。それが予想と違っても分かればしめたものではないですか。自分で考えようとしたから身につくのでは。いつまで経っても口を開けて咀嚼して入れて貰うのを待つばかりではモノになりそうもないです。楽しい稽古の過程を読ませて貰えばその場にいない仲間の稽古にも違う視点を頂けるかもしれません。此方は恩恵を受けている方ですけど。

http://kenshinkandojo.com/



[54] 山銅?

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月 4日(日)13時43分58秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 御勝山永貞の柄に着けていた縁金具が割れてしまいました。修理するのはいつになるかわかりませんけれど、次回は角掛巻ではなく、赤銅魚子地に松と波の縁頭をつかおうかなぁと思っています。
 鍔には梅を持ってきて、目貫は手元にある牛を使いたいと思っています。さて、この目貫なのですけれど、赤銅ではなさそうです。
色合いから見るとどうも山銅でできているようです。山銅の鍔というのは見たことがありますし、古い太刀金具にもあるそうですけれど、目貫というのは見たことありません。
あまり例がないのでしょうか。

 牛と梅で天神信仰の図柄と言うのはすぐわかっていただけると思いますが、実は松も故事から天満宮の神紋です。
 松と波の縁頭というと普通に考えれば三保の松原か天橋立といったところでしょうが、道真公の「右近の馬場に祠をたてよ」というお告げがあり、一夜の内に千本の松が生えるという奇跡がおこったという話もあります。そこには紙屋川が流れているので、この縁頭の松を右近の馬場の松と見て、波を紙屋川の流れと見たいと思っています。
 ただ梅の鍔は持っていません。何かこの縁頭とあいそうなものを探したいと思います。

 研師さんに「使う刀ではない」と言われているので今は観賞用にしていますけれど、よぼよぼの老人になっても居合をしたいと思っていたら使いたい刀です。
二尺四寸七分半。反り四分。慶応・元治のころの体配ですが細身なのでとても軽い刀です。
 軽くて短いので、歳を取って友達が欲しくなったら、剣連に入って制定居合をならうのにもよいのではないかと思います。
 二十代のころから根元の巻をもらうまでずっとこれを使っていたので体が覚えているでしょうし。


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