巽の間掲示板



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90件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[90] 備前伝展示

投稿者: 美濃 投稿日:2017年10月17日(火)00時17分4秒 p784b5227.ehimnt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

日曜日、長船刀剣博物館と岡山県立博物館に行って来ました。
両方共に備前刀の展示がありました。
時間の関係があって、どちらも1時間半位しか見れなかったのですが、大変見ごたえがあって、時間が足りませんでした。
長船刀剣博物館では様々な名刀がありましたが、私が一番目を引いたのは、逸見義隆の大太刀です。
逸見義隆は廃刀令によりほとんど活躍できなかった刀鍛冶でしたが、技術は素晴らしく、特に彫りの技術は卓越していました。この大太刀にも素晴らしい彫りがありました。他に古刀では長光、一文字助真などが目を引きました。
長光は二字銘でうぶで在銘、良く詰んだ美しい肌でした。長光は長船二代目として長船の地位を確立し、後の景光と共に地金が素晴らしいと言われています。刃紋は直刃調によく働いています。
助真は一文字とはいえ刃紋の豪華さより映りや地金の鍛えが美しさが良く印象に残りました。
岡山県立博物館では2階展示の古刀が良かったです。
国宝、重文、重美のオンパレードで全てが素晴らしい展示でしたが、中でも私が一番気に入ったのは兼光の刀、名物「大兼光」です。南北朝の堂々した姿によく詰み、地景が入り、うっすらと映り入った地金、さらに刃紋は金筋が入り相備前伝が見事です。他にも良い刀は沢山あって、甲乙つけられないのですが、一文字の太刀、通称「上杉太刀」には感銘を受けました。800年以前の太刀とは思えないほどの健全さで、まるで昨日作ったかのごとくで、重ね厚く、切っ先はふくら枯れて、カマスとなり、同時代に作成されたと思われる太刀拵えがありました。
他にも一文字信房や光忠も大変に見ごたえがありました。信房は福岡一文字の特色を顕著に現して、猪首切っ先に踏ん張りがある姿で作られた当初の姿を残しています。
光忠はすりあげ在銘で華麗な刃紋に重ね厚く、健全で、銘もはっきり分かります。光忠の銘は私は初めて、見ました。
本当に何時間でも見ていられる展示でした。
今後、備前刀だけを集めたこれ程の展示は中々開けないのではないかと思います。本当に素晴らしい展示でした。




[89] こども食堂

投稿者: 月本 投稿日:2017年 9月19日(火)22時05分14秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 日曜日、あまりの体調の悪さに起き上がることができず。漸く床を離れたのが午後四時半頃でした。
夕方以降友人が来る約束になっていましたが台風だし来ないだろうと高をくくって入浴後にごろごろしていたのですが「話がある」とのことでやってきました。
 酒を飲んでの四方山話。その中で
「今ある借金がもう数年でおわる。そうしたら今あるビルの一回を改装してこども食堂をやりたい」
とのこと。そしてその時は私にも協力してほしいとのことでした。
私は承知しました。
 ただ、だからと言って持っている刀を手放したり、今後刀にお金を使うことをやめたりして彼に資金協力をしようとは思いません。
 彼の始めたこども食堂に来る子供の誰一人刀に興味がなかったとしても、それはそれです。たとえそうでも日本刀を鑑賞し、その周辺文化をその人なりに受け継いでゆく。そういうものが存在する社会を維持してゆく。それも大人の役目だと思います。
 お腹を空かしている子供たちに食べ物を与える。それは大切なことです。しかし、子供を守るということと野生動物の保護とは全く違います。端的に言えば動物なら餌を与えておけばよい。
 しかし、子供は動物ではない。餌ではなく、食事です。「事」という字にはつかえるという意味やまつるという意味があります。食事を通して子供たちに与えるのは栄養と文化でなくてはならないと思います。「食育」とはまさにそういうことではないでしょうか。
 「鉢の木物語」も「賢者の贈り物」確かに美談です。しかし、その場限りの美談でだけでは解決しない問題があると思います。
 その友人が四十代位の男性の運転するベンツと二十五歳くらいの青年が運転するバイクの事故現場を通りかかったそうです。すでに警察官も到着していたとか。その時は血まみれのバイクの運転者にベンツの運転者が「どうしてくれるんだ」怒鳴りかかり、警察官に「彼だけが悪いわけではないでしょう」と制止されていたとか。
 ベンツに乗れるということは多分、日々の食事に困るような生活はしていないでしょう。
 しかし、怪我人よりもベンツの修理代を心配するというのはどうかと思います。思わず青年をかばおうとした友人にも向かってきてまたしも警察官に制止されるようでは・・・。

 やはり、この国には日本刀の文化も必要だと思いました。冒頭書きましたように、体調のすぐれない日があります。生まれつき体が弱く、時々熱を出すことあります。
 若いころは運動量や若さでなんとか抑えられていたのが、だんだん疲れて起き上がれない日がやってくる間隔が狭まっている気がします。
加齢も一つの原因でしょう。歳ですから、今更新しいことはできません。日本刀を眺めたり、古典や民俗学の本を読んだり。そういうことをしながらできるだけゆっくりとその時を迎えたいと思います。ただ、それがただ単に自分の安心立命のためだけではなく、結果としてこの国の文化に役立つ。そういう時間の使い方をしてゆきたいと思います。
いつか時々友人の運営するこども食堂で子供たちと食事をする。そしてやがてその子たちが大きくなったとき
「そういえば、昔そんなおじいさんとご飯をたべたことがあったなぁ」
と思い出してくれる。
 その子がベンツで事故を起こしたとき、「そんなおじいさん」と昔出会った記憶がベンツよりもまず怪我人を心配する人になる上ですこしでも役に立てればよいと思います。

 そんなことがあった後なので盛光のお話はとてもうれしく拝読しました。



[88] 盛光、おめでとうございます!

投稿者: 月本 投稿日:2017年 9月18日(月)18時45分8秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 それはやはり、刀が良ければこそだと思います。私は百万円の刀を五十万円で買えることを掘り出しだとは思いません。
 百万円の刀を百万円で買う。そしてそれは研師さんが「他の仕事を後回しにしてもこの刀を研いでみたい」と思う刀。そんな刀との出会いがほんとの掘り出しだと思います。



[87] ようやく脇差が研ぎから帰ってきました

投稿者: 美濃 投稿日:2017年 9月17日(日)16時02分34秒 p784b5227.ehimnt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

盛光の脇差、研ぎ師さんに研ぎを依頼してから一年以上かかりました。
刀身に古い油が固まって黄ばみが出てきたのと、白鞘の中で当たる箇所があり棟に僅かな黒錆が生じていたため、化粧直しということで依頼しました。
京都の研ぎ師さんだったのですが、工期は遅くとも三ヶ月程度、若干幅を見て四ヶ月位くださいということで依頼しました。
ところが中々研ぎ終わりの連絡がないまま半年が過ぎ、八ヶ月が過ぎた時に進行状況を伺うとまだしばらくかかるとのこと。
職人さんへの催促って難しいですね。あまりしつこく催促するのも気が引けるし、かといってずっとほっておく訳にもいかず…
前回書き込みをしたように私は職人さんに知己が無いので、今回初めて直接職人さんに依頼しました。
もちろん納期が遅れたからと言って工賃を値切るような真似はしませんでしたが、その間手元に刀が無いのは何とも物足りない気分でした。
時々、愛刀を手放すのが嫌で錆が出ても研ぎに出さずに手元に置いているという愛刀家の話を聞きますが、気持ちが分かります。
他人の刀や博物館でいくら良い刀を眺めても自分の刀を見る満足感に比べたら比較にならないんですよね。
東京の刀屋さんにその話をすると「うちに依頼すれば良かったのに」と言われてしまいました。まぁしかしそこで買った脇差ではなかったし、古い油の除去と化粧直しで三、四ヶ月程度の工作で大した事はないと思っていたので…
「今度は研ぎ上がったらうちに送るように言ってごらん、気合いが違うと思うよ」なんて冗談を言われてしまい、さらに「その研ぎ師は大丈夫?」と心配されてしまいました。というのは、刀の工作はどうしても長期間預けることが多くなりがちな一方、刀の世界では時々悪い人がいて、他人から預かった刀を勝手に売却してしまったり、盗難にあったなどと偽って、刀が行方不明になるケースが在るそうです。最近も北陸の方でそのような事件があり、研ぎ師兼刀剣商のような人物が逮捕されています。この事件ではかなりの方々が被害に遭われていて、東京の刀屋さんのお客さんも被害に遭われたそうです。
さて、研ぎ上がった盛光ですが、肌が特に良く見えます。以前の研ぎでは薬品研ぎの上に肌をだいぶ伏せていたらしいのですが、今回の研ぎでは応永備前独特の肌がよく出ています。
そのせいか鍛えが分かりやすくなり、やや肌立って見え、一見傷に見えるように感じる箇所もありました。それに比べて刃紋は実際の刃に忠実に刃取りしたため、以前より低くなっています。研ぎ師さんによるとこれがこの脇差しの本来の刃紋であり、前回は刃取りをかなり甘く取っていたので、派手に見えていたと説明してくれました。
全体的な印象は応永備前の古刀という部分がより強調されているという感じです。
その研ぎ師さんがご自分の先生にこの盛光を見せたところ、健全で良い脇差しだから研ぎのコンクールに出して見てはどうかと言われているそうです。なのでもう一度貸して欲しいと頼まれ、もう一年以上手放しているのでこの際数日増えたところで大差ないし、それにこのことで研ぎ師さんの技量向上に一役買うのであれば良いと思い了承しました。
コンクールは秋にあり、作品展示が冬にあって、返却は来年の春だそうです。
またしばらく盛光とお別れです。



[86] 山内様の葬儀に参列された皆様へ

投稿者: 月本 投稿日:2017年 9月11日(月)16時39分34秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 本日山内様の奥様とご子息から連名のお手紙と山内様が生前声楽をされていた時の作品を収めたCDが届きました。

 お手紙を拝読すると「台風の中お越し下さった皆様に感謝しています」という内容の一文がありました。
 その時思いましたのは

「ご参列の方々それぞれにお付き合いの深さに応じたご挨拶は勿論山内様はされていることであろう。でも、このように私宛の手紙にも書いておられたということは何らかの形でご参列の方々にもお伝えした方がよいのではないか」

ということ。

 個人あての手紙であっても受け取った方には所有権しかなく、著作権は書かれた差出人というのは確か判例にあったと思います。
 であれば、正確に一字一句をここに書き写すわけにはまいりませんので概のところを書かせていただきました。
 便せん5枚にわたるお手紙で、内容としては色々ですが、参列者に感謝されている下り以外のことに関しましてはここでお話しするべきことでもありませんので控えさせていただきます。



[85] 書き込み、拝見しました。

投稿者: 月本 投稿日:2017年 9月11日(月)16時22分11秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 玄成様 美濃様

 書き込みありがとうございました。今朝いつも通りに五時に起きたのですが、余りに体調が悪く起き上がれませんでした。それで大学を休み、マッサージの方に来ていただき、それからしばらく横になって手紙が届いたような物音がしたので取りに行くのにようやく今しがた起き上がりました。山内様からの手紙で、それを読み、掲示板に書き込みたいことがありましたので掲示板を開き、お二人の書き込みに気づきました。
お返事が遅くなり、申し訳ありませんでした。

 何事もすぐ銭金の話にしてしまうのは本当に下品だと思います。ただ「馬鹿とはさみは」と言いますが金もやはり使いようだと思います。
 私利私欲のためではなく、世の中や他の人のため、自分ができることをする。そのために使うお金というものがあってよいと思います。
 また、常日頃の仕事の中でもどこか「金儲け」だけではなく「世の中のため」という気持ちもあってよいのではないかと思います。

 今日、無銘・来の白鞘が届きました。真っ黒にさびて、ハバキも抜き取られ、全くあっていないハバキをつけて小尻金具を抜き取られた鞘に入っていましたので、研ぎなおしてもらい、白鞘を新調してもらいました。日刀保の審査に出そうと思っています。
 刀とか仏像とか、文化財は人類共有の財産です。ただのコレクターと数寄者の違いはそれがわかっているかどうかの違いだと思います。仕事、趣味。人と接することをしていれば心がけ次第できっと世の中の役に立つことができると思います。『葉隠』が「武士道といふは」と教えているのはただ死ぬことではなく、そういった場面に出会ったとき、素早く欲得を捨て=“動物”としての自分を殺し、社会的な道を選択することだと思います。
 私が死ねばこの刀もまた誰かの手に渡ると思います。その時、二度と粗末にされないよう鑑定書をつけておきたい。鞘師さんにもそう話しました。で、できるだけ早くそうしたいので木ハバキでお願いしました。
 届いた白鞘はよく吟味された材料が使われ、「太く・目釘穴なし」という私の注文通り。目釘をいれないとその分柄をきちんと作らなくてはいけないのですが手間を惜しまずやっていただきました。
 抜いてみるとハバキはヒノキでできており、刃と平行に3ミリほどの太い柾目が入り、太刀ハバキのようです。またその柾目の中にさらに細い柾目が5本ほど入っております。またどうした加減か、ところどころその柾目に直角に交わる木の繊維がでており、まるで苔祐乗のハバキのようなできです。
 「支払いは来年、今預かっている大小ができたとき一緒に」
と言われたのですが今から支払いが怖い(笑)
 でもなんでも「安く」ではなく、職人さんに良い仕事をしてもらうのも数寄者の務めでしょうね。
東博、ひどい話ですね。博物館の刀は登録の対象外だから登録証もないのでしょうけれど、刀の反り・寸法が大事な情報だということがわかっていないようでは、博物館としてデジタルアーカイブを作るときにメタデータ一つまともに作れないということです。学芸員として最低だと思います。
仕事を通して社会に奉仕することを意識してほしいですね。



[84] 東博の展示

投稿者: 美濃 投稿日:2017年 9月 9日(土)16時09分1秒 sp49-98-50-120.mse.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

そうそう、前々回の書き込みで東博へ行った事を投稿しましたが、どうしても我慢出来ない残念な事がありました。
それは、刀の展示に説明文は付いているものの、刀の寸法、反り、重ね等、その刀のデータ類は一切書かれていない事でした。
刀の展示では寸法等を表示するのは半ば常識だと思っていたので、天下の東博が何も表示していないことは、結構ショックでした。
展示室にいた職員さんに聞いても分からないと言われ、学芸員らしき人がいたので聞いてみましたが、信じられないことに展示してある刀の一部しか寸法は分からないと言われてしまいました。寧ろ何でそんな事気にするんだ?みたいな対応でこちらもショックでした。
東博では寸法がデータベース化されているのは国宝と一部の重文だけであとはデータすら取って無いという回答でした。
何故寸法を表示しないのか?と聞きますと、第一に所蔵品が膨大でいちいち一つ一つのサイズを測る余裕が無いということ
第二に寸法のデータがある物でも他の美術品(例えば仏像など)も寸法は表示しておらず、刀だけ寸法を表示するという事は出来ないでした。
東博もやっぱりお役所ということなんでしょうね。



[83] Re: 金銭のあるなし、品のあるなし

投稿者: 玄成 投稿日:2017年 9月 4日(月)10時22分3秒 softbank060134022183.bbtec.net  通報   返信・引用

ちょうど、先輩とメールで「私は武士ではなくて、なるなら商人ですね」などというやりとりをしていました。
ただ、こうも言いました「士魂商才、義商になってみたい」と。

昨日、江戸時代からの名家で秋田県の池田家のことを取材した番組を観ました。
まぁ、今どきのバラエティー番組ですから、かつての所有地が東京ドーム315個分だとか、庭の灯篭が評価額2.5億円だとか、海外の人が見たら日本国民の品位を疑いたくなるような番組を公共の電波で流してました。
ただ、その池田家が10億円で大正時代に最新鋭の鉄筋コンクリートで図書館を建設し、地元民に開放していた話や、学校給食を自費で数百食毎日支給していた話など、かつての篤志家の一面を紹介していたのは素晴らしかったと思います。

ノブレス・オブリージュ、私の大好きな言葉の一つですが、高貴な人間にはそれ相応の社会的な義務を果たすべきという考えです。
現代から旧時代に立ち返り、封建社会や貴族社会に立ち戻るのは不可です。
ただ、上記の池田家のような地元に奉仕する考え方は地方創生を叫ばれる今、古くて新しい考え(私は真理だと思っていますが)として深く考えてみたい事柄のように思うのです。

同じお金持ちでも、品のあるお金持ちが増えればいいと思う今日この頃です。



[82] 品といえば

投稿者: 月本 投稿日:2017年 9月 1日(金)21時37分0秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

玄成様

 不思議なものですね。私は貧乏人ですけれど、貧乏人が下品とは限らないと思っています。
 帰りの電車で時々同じ車両の前に並ぶ人がいます。携帯のストラップには東証一部上場の会社名が書かれています。六十歳くらい。年収はたぶん私の二倍くらいはあるでしょう。
大金持ちではないでしょうけれど、貧乏ではないと思います。
 時間の関係でしょう。並ぶときは私の後ろです。で、列車のドアが開いて降りる人を待っていると、すっと私の脇をすり抜けてゆきます。どうせ、空席なんかないのですけれどね。
 たまに席が空くのは幾つか先の駅です。その日も幾つか先の駅で席が空いたので私が手を伸ばし、カバンを網棚にあげているとその脇の下をすっとくぐって座っていました。
なれたものです。
 昔は「近頃の若い者は・・・」と言ったもので、それこそパピルスにもそう書かれたものが発見されたことがあるそうですね。
 それがこの頃は「近頃の年寄りは・・・」と思う場面がたまにあります。
そういう品のない年寄りにはならないようにしたいと思っています。目先の小さな損得に惑わされないのがコツではないかなと、その人を見ていると思います。

 自分さえよければ、ではなく、自分のやることは子供たちが見ていると思うようにしています。



[81] 田舎にも・・・

投稿者: 月本 投稿日:2017年 9月 1日(金)20時19分24秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 田舎の学問より京の昼寝、と申しますが・・・。私は三十年以上前の大学時代、毎年暮れになると九千円かけて居合刀の柄を巻き直してもらっていました。
卒業後どうしても勉強がしたくなり、アルバイトをしながらの学生に九千円は大金です。
 しかし、どうしてもそうしたい訳がありました。刀屋さんに「商売人のところに持ってきたら利益を取ります。職人さんを紹介するから直接行ってください」と言われ、私がその柄巻師さんと初めて訪ねたときはもう九十歳前後だったと思います。
 後に分かったことですが山内豊健先生が京都におられたころ先生の刀の柄巻を頼まれていた人でした。その人に
「昔は年の暮れが忙しかったもんや。旧幕の頃は毎年暮れには皆巻き直したからなぁ。手垢のついた柄は武士の恥としたもんや」
と教えてもらったからです。居合の先生の中には「柄糸が切れるまで稽古せよ」などと言われる方もあるそうですが、私のようなへぼ居合では一年で柄糸が切れるところまで稽古はできないので糸そのものは頑丈なのですけれど。
 で、今は、というと十年以上を巻き直していません。その方がなくなってしまったので。
その柄糸を解くのが惜しいのです。
 で、お稽古の後たまに拭いたり日に当てたりして汚れがひどくならないようにしています。本当は職人さんを応援し、暮れには柄を巻き直す習慣を残すことで日本の原風景の一つを残すことに協力したいのですけれどね。
 今それ以外の刀は岐阜の鞘師さんの奥さんに巻いてもらっています。鞘師さんは上手な人なので仕事をお願いしていたところ最近奥さんが柄巻を始められたときいたので。職人さんは
「これだけの拵をされるのならもっと上手な人に出されたら」
と言われますけれどね。あのおじいちゃんが存命なら勿論そうします。でもそれ以外なら奥さんに出すのが筋だとおもいます。それに「下手」と「未熟」は違います。
 鞘師さんからみれば出来上がりに不満もあると思います。でも、何もさせなかったら上手くはならない。また、出来の悪い柄下地、ましてや居合刀、模造刀の柄ばかり巻いていても上達には時間がかかると思います。
 本科の刀を仕込んだ本科の拵の柄を巻いてもらって、そのうちご主人の鞘師さんの作に映るような柄巻ができるようになってくださったらそれでよいのです。
 そんなわけで、拵は関、研ぎは和歌山に出しています。研師さんは永山光幹さんの孫弟子だそうです。守家の研ぎ直しを考えがえていた時紹介していただいた方です。上手だし、流儀は本阿弥だからよかったと思います。肥後拵に入れた虎徹なら藤代でもよいと思うのですよ、上手ければ。
 しかし、例え代下がりでも守家には守家の格というものがあると思います。だからこそ拵も献上拵で鍔と縁は赤銅磨地、目貫と笄は古後藤、小柄は後藤光熙在銘、脇差は無銘吉岡一文字の長刀直しです。そうなるとやはり研ぎはお家研ぎ、本阿弥流でなくては、と思います。
 その刀を今に残して下さった先人のことを思えば、その刀を立てた研ぎ・拵というものがあると思います。
それわかって下さる職人さんは田舎にもちゃんとおられます。

そういえば、徳島県には三谷さんという柄巻の名人がおられると昔、聞いたことがあります。


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