巽の間掲示板



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99件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[99] お元気ですか?

投稿者: 高坂 英史 投稿日:2017年12月15日(金)09時42分27秒 p2194126-ipngn200706osakachuo.osaka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

大変ご無沙汰しております。元能楽部の高坂です。先日同期会があり月本くんの話が出て懐かしく思いました。ある後輩から「巽の間」の存在を聞いてこのように投稿させていただきました。
今日は会社のPCからなので、また改めて家のPCから投稿させていただきます。
相変わらず刀剣等に造詣が深いようで感嘆しております。それではまた。




[98] 短刀二振り

投稿者: 月本 投稿日:2017年11月12日(日)18時34分39秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 出稽古に行くとき、待ち合わせ場所に早く着きすぎてしまうことがあります。そんな時近くのデパートにある紀伊國屋書店に行くのですけれど、岩波文庫はついつい買ってしまいますね。
 最近は『天狗芸術論』を買ってしまいました。江戸時代の本で内容は、剣術を学ぶ者の心得を説いています。
その中に

 人間は学べば聖人になれるのに剣術ぐらいの小技芸を学んで身に着けられないということがあろうか。

 といった一文がありました。このくだりを読んだとき、ふと懐かしくなりまた『近思録』が読みたくなりました。大学にはいると哲学書を読んでしまうはしかのような時期があると思います。私も一通り感染し、カントなども読みましたけれど、正直全く分からなかったです。
 そんな中で一番しっくりきたのは「学問は聖人に至る道である」とか「人間は学べば聖人になれるのか?その通り」とする朱子学でした。
 じつはその朱子学、ドーアというイギリス人が書いた『朱子学と自由の伝統』という本を読んだのが一番はまった理由です。丸山真男の『日本政治思想史研究』も読みましたけれど、朱子学を身近なものにしてくれたのはやはり『朱子学と自由の伝統』です。
 『天狗芸術論』のくだりも朱子学を踏まえて言っているのでしょうけれど、「どうかなぁ、無理があるなぁ」と思っています。
 人間学べば聖人になれるというのは疑いませんけれど、剣術位やればできるというのはどうでしょう。確かに朱子学を学んで私が聖人になれたかというとなれていませんけれど、それでもいつかなれそうな気がします。
 でも、剣術=居合はどうかというと歳とともにどんどん下手になってゆく実感はあるけれどやればできる気は全くしません。
 かといって稽古はやめないほうがよいだろうなぁと思います。朱子学には物事の本質を見つめることでついには宇宙の真理と一体になり、聖人となることができるという考え方があります。
 とすると、居合の本質とはなにかを考え続けることでついには聖人になれるはずですよね。全剣連では剣道や居合を人間形成の道とされていますね。それはやはり技術が向上すると人格も向上するということではなく、剣道や居合の本質とは何かを考えることで人格が形成されるということではないでしょうか。
 実は最近、すごく楽しいのです。無銘の延文貞治型の美濃の短刀と焼き詰めで刃縁と峰近くに柾、その間は木目調で子に絵の直刃。映りの立つ短刀で「助?」(1字不明片仮名の「ノ」のような痕跡あり)とある短刀が研ぎから帰ってきました。
 私に作者などわかりませんけれどそれでもじっと眺めているといわゆる「格物致知」でいつかそれぞれの刀の本質が見え、やがてはその向こうに宇宙の真理が見えそうな気がします。
 大学時代の恩師が良く「刀はね、日本人にとっては神様ですよ」とよく申されていましたが、きちんと研ぎあげられた刀を眺めていると「そうだなぁ」という気がしてきます。
 私は拭いをあまりかけない研ぎが好きです。それと手入れはからぶきだけで打粉は居合刀にしか使いません。

 この頃はこの二振りを眺めているのが楽しくて・・・。



[97] お祝い

投稿者: 月本 投稿日:2017年11月 8日(水)17時31分52秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 美濃様

 おめでとうございます。やはり、刀が良かったからというのは否めないとおもいます。
そしてもちろん技量もですが。
刀・技量は車の両輪ですね。
 良い刀が良い研師さんを育て、良い研師さんが刀を守ってくださる。

 何事も「俺が俺が」ではだめ。刀は私たちに「和」とか「和す」ということを教えてくれますね。
「琴瑟相和す」というと普通夫婦仲の良いことを言いますが、いわゆる括弧つきで名刀と研師の技量が調和して美しいハーモニーを奏でている様子を言ってもよいように思います。

 このたびの受賞、心よりお祝い申し上げます。



[96] 栄冠

投稿者: 美濃 投稿日:2017年11月 5日(日)12時33分14秒 p784b5227.ehimnt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

以前、こちらでも書き込みました日刀保主宰の研ぎのコンクールに出品した盛光の脇差ですが、特賞に選ばれた、と先日研師さんから連絡をいただきました。
研師さんは盛光の出来が良かったからですよ、と謙遜されていましたが、やはり研師さんの技量が評価されたからこその受賞です。
研ぎ師さんにとっても初めての栄冠に選ばれて、良いキャリアとなった手助けが出来たのですが、盛光にとっても名誉なことだと思います。そのような研師さんに研いでもらって良かったです。
新しく墨田区の両国に移転した日刀保会館で来年1月から展示されるそうです。自分の刀が展示されるというのは私には初めての体験ですので、見に行きたいと思います。



[95] 知盛が沈みしその有様に・・・

投稿者: 月本 投稿日:2017年11月 4日(土)21時40分43秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 「武器を見たい」ということで後輩が現役の後輩、女子大生四人を連れてきました。
最初に種子島を見せ、それはそれで興味があるようですがやはり能楽部の学生たちなので太刀拵と薙刀には種子島や献上拵以上に興味を示しました。
 部で使っている稽古用の薙刀木刀が重いせいか、彼女たちの先入観では「薙刀は重いもの」だったようです。
 しかし皆具した薙刀の鞘を払って持ってみると彼女たちが思っていたよりずっと軽く、一様にその軽さに驚いていました。
 それで「鎧を着て、太刀・刀をつけ、さらに薙刀を持つとなると大変な重さです。いくさでは馬にも乗りますけれど、基本は歩いて、食べて、寝ることばかり。その時に重い武器は体力を奪うものとなりますから、鎧でも薙刀でも軽いほうがよいのです」と話したら納得していました。
 もちろんそれだけではなく、古刀のバランスの良さとか、研ぎ減りというようなことも軽い理由でしょう。
 でも、限られた時間の中であれもこれも言っても仕方ありません。彼女たちは能楽部の部員であり、それが能楽部のOBを訪ねてきているのですからやはり、彼女たちが能を学ぶ上で役に立つ話をしたい、とそう思いました。
 能の中には武将が主役の作品(修羅物)がたくさん存在します。そういった作品を舞うときにどうやったらリアリティがあり、観客に感動を与えることができるか。
 修羅物は室町時代から戦国時代にかけて成立しています。したがって作者や演者がいくさを知っていることはもちろんですが、能の観客の多くを占める武士達の多くは実体験としていくさを知っている。その観客を納得させ、感動させることができた作品が今日まで伝わっている。その作品を彼女たちが舞おうというのであれば、また上回生として後輩に教えようというのであれば、やはり室町~戦国のいくさを「知識」としてではなく、感性で受け止めてほしいと思いました。
 種子島を見せたとき、鉄砲競り合いの話、防弾用の竹束の中を通って伝令に行った可児才蔵の話などもしました。勿論能に鉄砲など出てきません。しかし、いくさ話を聞き、実際に種子島を構えてみる。火縄の燃えるにおいをかいでみる。抜き身の薙刀を構えてみる。
その中で「いくさ」を感じてくれたら、きっと彼女たち自身の稽古にも、後輩の指導にも役に立つと思います。
 民俗学のフィールドワーク、考古学の実験考古学など実際に行ってみる、やってみる、聞いてみるというようなことを大切にする部分が様々な学問分野にはあります。
 大学の能楽部は大学教育の一環として存在するものであり、別に能役者予備軍を養成することなど目的としていません。
 「戦国のころの薙刀は軽い」という体験と自分の舞う船弁慶が一つになったとき、それは単に能の稽古として効果があったというだけではなく、実際にやってみるとか実物に触れてみるという一見単純な作業が何かを学ぶ上でいかに大事かを感じ、それが彼女らの学習に活かされればこんなうれしいことはありません。美濃・兼盛作の薙刀、いくつものいくさを乗り越えて五百年生きながらえてきた意味が今夜はあったと思いまます。



[94] 棺の中-棺を覆いて

投稿者: 月本 投稿日:2017年11月 2日(木)17時19分6秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

青風様

 書き込みをしていただき、ありがとうございました。井下先生の教えで私が最も感銘を受け、決して忘れることができない言葉があります。それは
「居合“を”教えるのではありません。居合“で”教えるのです」
という言葉です。

 私は体が大きいせいもあり、普通の寸法の刀では右手で抜きつけ、右手で打ち下ろす癖がありました。その癖を矯正するために二尺九寸を使い、その刀をぜひ譲ってほしいと友人に言われ、それで今の三尺一寸三分を使い始めました。
豊健先生の『居合詳説』の中には「二尺五寸以上は鞘を外すのみ。居合にあらず」という言葉が出てきたと思います。
ですから、本来山内派の稽古に適した刀ではありません。何かを学ぶ上で確かに「墨守」ということも大切ですが、一方で「何が大切か」という考察も大切だと思います。
 抜き付け・打ち下ろしに左手が使えないということは柄口六寸の勝も、柄八寸の徳も習得できないということです。
 それが出来ないままで二尺五寸未満の刀を使い続けても意味がありません。というよりマイナスです。
 私は居合が好きで居合を始めたのではなく、日本刀が好きで「昔の人はこれをどのように使ったのだろう」と思ったのが居合を始めたきっかけですし、いまでも刀はずっと好きで「刀が好きだから居合」ということには変わりません。
 「居合が好きだから居合」というのもあれば「刀が好きだから居合」、「時代劇が好きだから居合」、みんなありだと思います。私の友人で「新選組が好きだから居合」という人もいますが、もちろんそれもありだともいます。
 自分の好きな何かを居合の中で考えることで何か成長があったならそれは井下先生の言われる「居合“で”」なにかを「教えられた」といえるのではないでしょうか。

 今、お稽古では時々二尺四寸または二尺五寸を使用しています。教える立場になるとどうしても皆さんと同じような寸法の刀を使ってお話しするほうがわかりよいようですので。
 でも、三尺一寸三分・和泉大掾藤原国輝は好きな刀でこの刀を使っての稽古をやめることはどうしてもできません。
 「豊健先生が二尺五寸以上は・・・」と言われるので何も考えずに三尺を使わない。そんな「いいなり人間」を作ることが豊田健先生の居合の教えであったとは私は思いません。
 「では、なぜ、二尺五寸以上はだめなのか」を考える。そして本当に大事なことを考える。それが山内派のお稽古では大事ではないかな、と思っています。
 井下先生ゆかりの方と言うことであれば何かの折にお話したり、一緒にお稽古させていただいたりしたいですね。私の連絡先は井下先生のご子息がご存知です。五月大会など何かの折に京都に来られるとき、お時間があればお声をかけてください。



[93] あるほどの菊抛げ入れよ

投稿者: 青風 投稿日:2017年10月27日(金)01時43分2秒 KD182251254015.au-net.ne.jp  通報   返信・引用

突然失礼いたします。もう何年も前に京都武徳殿での山内派研究会に参加させていただいた折、月本様の反りの強い長刀を一呼吸に抜き打つ居合を拝見し、業としての居合はかくあるものかと修練の精華に唸らされた英信流の端くれです。巽の間がネットに存続されていることを陰ながら応援しております。10月26日井下経広先生のご命日に。



[92] 左側

投稿者: 月本 投稿日:2017年10月22日(日)17時30分53秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 昨日とある絵の展覧会のため大阪に参りました。地下道は大変な混雑でした。その時ふと気が付いたのは皆さん左側通行だということです。
 ときどき、「右側通行だと昔は刀の鞘が当たりやすく、けんかになることを避けるために左側通行だったから、いまだに日本人は左側通行だ」などという話を聞くことがあります。

 心の中で「では、武士以外はどうやねん」と突っ込みを入れています。勿論江戸時代以前は武士以外でも刀を差しましたけれど。
 ただ、この刀を帯にさす風俗というのが室町も後期に一般化するものであり、「なら、室町以前はどうやねん」とまた、突っ込んでしまいますけれど。
 太刀は体に平行につけますから、あまり横に飛び出しませんし、また能・狂言や絵巻等を見ればわかる通り、太刀を帯びる場合もあれば従者に持たせる場合もあり、中々鞘と鞘があたる状況というのは起きにくいように思います。
私はむしろ別の理由があるのではないかと思っています。
 神社に行くと拝殿に向かって真ん中の道が一番格式高く次が右、そして左です。別に私に信仰心なんてありませんけれど、やはり礼儀ということがありますから、歩くときは左側通行を心がけています。
 お参りするときも左、混んでいたら右ということもありますけれど、中央は避けますね。
特に勅使が来られるような神社で参道の真ん中を大きな顔をして歩いてゆくなどということは気持ち悪くてできません。
 私は日本人の左側通行の癖は神道由来ではないかなぁと思っています。そして何でもかんでも武士を持ち出すのは日本人の悪い癖のように思います。



[91] 兼光ですか、相伝備前もよいですね

投稿者: 月本 投稿日:2017年10月22日(日)17時14分8秒 pl12580.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 岡山ですか。近いし、祖母の墓もあるので時々行きますが家族と一緒なので中々博物館には参れません。
 以前行っていた刀屋さんに時々岡山のコレクターの方がこられておりました。博物館にも数振り寄託しているとのこと。その方が初代忠吉の短刀とさんざん迷って結局は買わなかったのが吉井景則。生中心在銘で二尺六寸の太刀。その方が「これ持って帰ったら博物館の人がびっくりしよるやろなぁ」といっておられましたが、確かに展示品クラスの出来。
 日刀保の鑑定では南北朝となっていましたが腰反り高く小切先で鎌倉期を思わせるような姿。刃文はいわゆる「小豆を並べたような」という吉井独特のものではなく、一文字を思わせるような丁子を焼いています。おそらく奉納品だったのかと思います。全く研ぎべりしていません。
 今、私の友人が所持していますが、友人は鬼丸のような太刀拵を作りたいとのこと。それに二代目信国の弟子で越後の武将村上正信が鍛えた振袖中心の短刀を馬手指にして添えたいとのことでした。
 備前といえば勿論、一文字、長船初期ものに素晴らしい作がありますが、大宮、吉井、それに畠田、小反にも良いものがありますね。高校生のころ見た作で畠田の経家の方手打ちはもう作風は思い出せないのですけれど「良い刀だったなぁ」という記憶だけはいつまでも消えません。
 私は備前物も好きで大学生の時初めて買ったのが無銘で清光の短刀。いわゆるよだれが出ていてなるほど清光です。ただ、中心がやや短いので永正よりはさがり、天文位かなぁと思っています。同じく無銘で長刀直の吉岡一文字。「この地荒れがなかったら重要いくのやけどなぁ」と研師さんが悔しがっていました。
 あとは天文十年の裏年季のある祐定。特別保存で講武所拵のついた作ですが、俗名はありません。刀屋さんは「源兵衛だと思う」とのこと。さる県の支部で入札鑑定刀に使われたこともあり、末備前の特徴はよく出ていると思いますし、刃文も典型的な蟹の爪。あとは天正七年の裏年季がある彦左衛門祐定の刀。あとは脇へ外れますけれど二字名の守家。
 これには昭和28年の貴重刀剣の証書がついており、やっと講和条約を結んだばかりの日本でこういう刀を大切に守ってくださった先人に頭が下がります。
 あと、無銘で「なんとなく。中心がよいし」と思って買った無銘で九寸弱の短刀を研師さんに出したら「備前物では」と言われました。錆身なので全く分かりませんけれど、研師さんがすごく研ぎたがっておられました。まぁ私はそれより延文貞治型の一尺一寸五分の無銘・桧垣鑢の中心の短刀を先に研いでもらっています。
こうしてみるとやはり、私の刀には備前物が多いですね。
お話を拝読し、岡山に行ってみたくなりました。



[90] 備前伝展示

投稿者: 美濃 投稿日:2017年10月17日(火)00時17分4秒 p784b5227.ehimnt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

日曜日、長船刀剣博物館と岡山県立博物館に行って来ました。
両方共に備前刀の展示がありました。
時間の関係があって、どちらも1時間半位しか見れなかったのですが、大変見ごたえがあって、時間が足りませんでした。
長船刀剣博物館では様々な名刀がありましたが、私が一番目を引いたのは、逸見義隆の大太刀です。
逸見義隆は廃刀令によりほとんど活躍できなかった刀鍛冶でしたが、技術は素晴らしく、特に彫りの技術は卓越していました。この大太刀にも素晴らしい彫りがありました。他に古刀では長光、一文字助真などが目を引きました。
長光は二字銘でうぶで在銘、良く詰んだ美しい肌でした。長光は長船二代目として長船の地位を確立し、後の景光と共に地金が素晴らしいと言われています。刃紋は直刃調によく働いています。
助真は一文字とはいえ刃紋の豪華さより映りや地金の鍛えが美しさが良く印象に残りました。
岡山県立博物館では2階展示の古刀が良かったです。
国宝、重文、重美のオンパレードで全てが素晴らしい展示でしたが、中でも私が一番気に入ったのは兼光の刀、名物「大兼光」です。南北朝の堂々した姿によく詰み、地景が入り、うっすらと映り入った地金、さらに刃紋は金筋が入り相備前伝が見事です。他にも良い刀は沢山あって、甲乙つけられないのですが、一文字の太刀、通称「上杉太刀」には感銘を受けました。800年以前の太刀とは思えないほどの健全さで、まるで昨日作ったかのごとくで、重ね厚く、切っ先はふくら枯れて、カマスとなり、同時代に作成されたと思われる太刀拵えがありました。
他にも一文字信房や光忠も大変に見ごたえがありました。信房は福岡一文字の特色を顕著に現して、猪首切っ先に踏ん張りがある姿で作られた当初の姿を残しています。
光忠はすりあげ在銘で華麗な刃紋に重ね厚く、健全で、銘もはっきり分かります。光忠の銘は私は初めて、見ました。
本当に何時間でも見ていられる展示でした。
今後、備前刀だけを集めたこれ程の展示は中々開けないのではないかと思います。本当に素晴らしい展示でした。


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