巽の間掲示板



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123件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[123] この国の人が変わってしまった、ということでしょうか

投稿者: 月本 投稿日:2018年 2月15日(木)23時57分44秒 pl3816.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 お陰様で良い無銘が私のような貧民でも少し無理をすれば持てるから、結構なことだとは思うのですが、私レベルではそうでも、国レベルでは決して「結構なこと」とは言えない状況ですね。
それだけ民度が下がっているのですから。
 最近以前居合をやっていたのだが、体を壊して・・・、という方と刀の話をすることがありました。

「新刀無銘の大刀など刀屋さんに持って行っても五万円くらいにしかならない。刀屋さんも刀が売れずにだぶついているから海外で売ることを考えている。これだけ仕入れが下がったら海外に売っても儲けがでると言っている」

ということでした。
「儲かる」、それに乗って良い古刀の無銘も海外に流出してしまうものが出てくるでしょうね。
 でも、それでも良いのではないかな、と思っています。日本で粗末にされるよりは海外でもどこでも大切にされ、次の時代に受け継がれるのなら・・・。
中国の金持ちが日本刀を欲しがり、だいぶ流れているようだ、とのことでした。
思えば日宋貿易、日明貿易の昔から日本刀が中国に流れ、消費されてゆくのは一種、「伝統」ですから。
 でも、現代刀ならそういう需要をバネに国内で刀匠が育つと思えばよいのですけれど、古作の良いものが消えて行ってしまったら切ないですね。




[122] 人も刀も

投稿者: 美濃 投稿日:2018年 2月14日(水)22時00分44秒 pb6aa2624.ehimnt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

無銘は新刀だけでなく、古刀でも流行りません。
無銘だと例え重要刀剣でも全然売れないそうです。
刀屋さんも在庫を抱えるのを嫌がり、安値を付ける、買い取りも安くなる、結果、ますます安くなり、買う人が少なくなるという所謂デフレのサイクルが出来上がっています。更に素朴な出来だと尚更です。
私も無銘でも欲しいと思ったのは一文字や長船光忠といった華やかな物でした。
人も刀もこれが当世の風潮といえばそうなのでしょうが、味があるとか風情があるという感性も大切にしたい所です。



[121] 不意の来客

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 2月13日(火)11時24分47秒 ext-zuka.takara-univ.ac.jp  通報   返信・引用

 昨日定例のお茶の稽古会をしておりましたら、来客がありました。大学時代能楽部で同期だった人とその妻で後輩だった人の突然の来訪です。
 卒業後長く音信も絶えていたのですが人伝に結婚のことを聞き、お祝いを持ってきてくれました。
お祝いは私の生まれた年のワインだそうです。そういえば大学時代は皆でドイツワインを良く飲みました。
最近、後輩の方がお茶を初め、念願の炉を切ったとか。おめでたいことです。また、江戸後期の大西の茶釜を手に入れたのだけれど、錆がひどいのでどうしたらよいか分からないとのこと。
私は番茶で何度か煮出した後は何度もお湯を沸かしては捨て、沸かしては捨てて中の錆を取り、表面は湯が沸いて熱くなっているときに絞った茶巾で何度も軽く叩くようにして、決してこすらずにとって行く方法を家元に教えていただいたのでそうしていることを伝えました。
また、折角ですのでお茶を飲んでいってもらいました。
 一人目が同期にたて、茶碗は江戸初期の坊主手、蓋置は織部。二人目(私)は後輩に立てました。茶碗は上賀茂神社の社家から贈られた古萩、蓋置は江戸初期の信楽焼。三人目も後輩に立てました。茶碗はやはり上賀茂神社の社家から贈られた高麗茶碗で蓋置は湖東焼。
釜は富士形の江戸後期と家元に言われた作。棗は根来塗の平棗。水指は戦後作の織部。
茶杓は一人目が自作のものを、あと二人が明治の黒田正玄作ということで家元が「柳緑花紅」と筒書きをしてくださったものを使用。
掛物は香淳皇后(こうじゅんこうごう-昭和天皇の皇后)良子(ながこ)様の書かれた立雛図で「良子女王」とあるもの。
 皆、私の家にあるものばかり、普段お稽古に使っているものばかりです。確かに上賀茂から贈られたものは良いものだと思いますが、やはり仕舞いっ放しは良くないので高麗は時々、古萩は私が気に入っていてほとんど毎回お稽古に使っています。
 それでも夫婦で喜んでくれ、後輩の方は熱心に見ておりました。普通蓋置などは拝見に出さないものですが、普段自分は華やかな蓋置を選ぶので信楽の素朴な蓋置や江戸期の織部、湖東などは目にすることがなく珍しいからとの所望でした。

 素朴といえばお稽古の前に研ぎから帰ってきた御勝山永貞を三人で見ておりました。江戸焼出で互目を焼き、姿は元治・慶応の頃の姿。峰と鎬地に鍛え割れがあるせいでしょう、無銘で日刀保の古い極めです。
 素朴ですが覇気があり、良い刀だと思うのですが、「新々刀で傷、無銘となるとまず、誰も欲しがらないね」、というのがみなの一致した意見です。
 茶道具も刀も、この頃はあまり素朴なものは流行りませんね。



[120] 訂正

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 2月 7日(水)16時17分42秒 ext-zuka.takara-univ.ac.jp  通報   返信・引用

(誤)1月31日に入籍しました。
(正)1月30日に入籍し、31日一斉に報告の葉書を出しました。



[119] 美濃様 ありがとうございます。

投稿者: 管理人 投稿日:2018年 2月 7日(水)16時04分59秒 ext-zuka.takara-univ.ac.jp  通報   返信・引用

美濃様

 龍の金具という事はやはり献上でしょうか。いずれにせよ、やはり上洛のとき刀談義に御来駕下さい。
久しくお会いしていませんし、出来れば政光も拝見できれば大変うれしいです。
刀に関しては理解があり、むしろ応援してくれています。結婚するに当たり、家計予算の話の際、

1. 年間刀にどのくらい必要か
2. 時期としてはいつ頃か

というのを教えて欲しいと言われました。
今年は大小一組(既に金具・中身はあり)の予算と、白鞘新調一振と考えていました。もう一振り白鞘を新調しなくてはならなくなりましたし、鑑定を取りたい分がありますが、
まぁこれは家計からではなくお小遣いの範囲内で、ということになると思います。

 私の「国宝や重要文化財はともかく、昔は人々の生活の中にあって大変尊いものであった刀が今は役立たずの古道具かただの凶器のように思われている。
そんな中から私でも買える刀を選んで、錆びているものは研ぎなおしてもらい、気に入ったものには拵をつけ、鑑定をつけて次の時代に渡してゆきたい」という考え方に賛成してくれています。

 尚、急に結婚することになりましたので取り急ぎ住所のわかる方々には葉書でご報告いたしました。
以下がその文面です。(個人情報部分省略)
どうぞ今後ともよろしくお願い致します。

拝啓 麗春の候 時下ますますご清祥の段 お慶び申し上げます
一月三十日 私たちは入籍いたしました
これからは二人で力をあわせ明るい家庭を築いていきたいと願っております
妻は○○市内で弁護士事務所を営み、保護司を勤めるなど活動拠点が○○にあることから当面は週末婚から新生活を始めたいと存じます
今後とも何卒よろしくお願いいたします
                                     敬具
 平成三十年一月



[118] おめでとうございます

投稿者: 美濃 投稿日:2018年 2月 6日(火)21時42分15秒 pb6aa2624.ehimnt01.ap.so-net.ne.jp  通報   返信・引用

私は今のところ、備前政光の大磨上げと盛光で龍の金具を使った大小拵えを考えています。そこで月本さんの大小拵えのお話の書き込みを拝見していて、なるほどと思ったところで、最後にさらりとご結婚の報告が書き込まれいることに気付き、ビックリしました。
上京の折りにはお伺いして刀談義でも、と思いましたが、新婚のご家庭のお邪魔になってもいけませんね。
お幸せに。



[117] 訂正

投稿者: 月本 投稿日:2018年 2月 5日(月)23時50分28秒 pl3816.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

116につき以下の通り訂正します

(誤)全くその通りです。で、次は牡丹と竹の獅子・虎の留守図の大小を作りました。
(正)全くその通りです。で、次は牡丹と竹の獅子・虎の留守図の大小を作ることにしました。



[116] 今年も大小拵を作ることにしました

投稿者: 月本 投稿日:2018年 2月 5日(月)23時47分29秒 pl3816.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 昨年懇意にして頂いていた刀屋さんが亡くなりました。病床のその方に元気を出して頂こうと拵を作っては見ていただいていました。
次に見ていただこうと思っていた番指が完成する少し前にその方が亡くなりました。
その拵の次にと思っていた天神信仰をかたどった大小はもう既に発注しているのでそのまま仕事をして頂いています。
 しかし、天神信仰をかたどった大小の次にと考えていた牡丹と竹の獅子・虎の留守図の大小は刀屋さんが亡くなってしまったので作る気がまったくなくなっていました。
そのことをある女性に話すと
「山本さんが生きていても死んでいても友達であることに違いはないと言うたやん。そしたら刀屋さんも同じやろ。それやったら作らへんの、おかしい」
と言われました。
全くその通りです。で、次は牡丹と竹の獅子・虎の留守図の大小を作りました。
 また、その女性とは1月31日に入籍しました。



[115] 私も軟弱では人後に落ちません

投稿者: 月本 投稿日:2018年 1月30日(火)10時02分14秒 pl3816.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 軟弱と言えば、戦国の頃の武士は現代の武道家と違って随分軟弱だったようです。
寒いときには唐辛子を足の指の間に挟み、上から足袋をはくことで防寒とする知恵なども書き残されています。
 また、以前は練習中水を飲むな、という指導もありましたが、戦場で喉が渇いたら泥水の上澄みでも飲め、などという戦国武士の記録を見ることができます。
水に関して言えば当世具足に「乳付環」といって胸元に金属の輪が取り付けられているものがあります。
その輪に濡れた手ぬぐいを通しておいて、喉が渇くとそれをしゃぶって水分補給をしたそうです。
 迂遠なようですが、自衛官の友人の話では水はごくごくのむのではなく、口に含んで粘膜から吸収されるようにして水分補給をすることで長時間水分補給をしないことに耐えることができるので、自衛隊ではそういう水分摂取の仕方も習うそうです。
そうすると、やはり戦国の頃の水分摂取の仕方は理にかなっていると思います。

 物事を根性や精神力で解決しようとするよりも、まずは合理的な解決方法を探るのが戦国武士であり、近代的な軍隊であるということなのでしょうね。
 戦場という極限状態に対応することに武士や兵士は精神力を要求され、寒さや水を我慢するところにまで精神力を動員できないということなのかもしれません。
 それに対して決して矢玉も飛んでこなければ補給の心配もなく、ましてや敵と遭遇する心配など絶対にない道場稽古の中では別に精神力なんかいりません。それでも精神力を高める実戦的な稽古をしたい人たちは暑さ寒さを我慢するとか、ひと昔前なら水を我慢するとか、あるいは理不尽な上下関係に耐えるとか、そういったことで精神力を養う工夫をしているのかもしれません。
 万一、外敵の侵入を受けたとき、民間ボランティアとしてゲリラ戦を戦う覚悟をされている方もあるでしょうし、そういった覚悟のもとで稽古を積まれている方は立派だと思います。
 ただ、私はそういう覚悟もなく、ただの遊びとして居合をしています。また、私はゲリラ活動については実はあまり肯定的ではありません。理由は以下の通りです。
1. 戊辰戦争でさえ洋式銃に勝てなかった日本刀で近代兵器に勝てるとは思えない
2. 何の訓練も受けていなければ、正規軍の指揮下にもない民間人が思い付きで戦えば正規軍の足手まといとなる可能性がある
3. 軍服を着用せず戦えば捕虜の扱いはなく、スパイとしてその場で射殺されても文句は言えないし、そういった行為が侵略軍による住民虐殺の口実や引き金ともなりかねない
といったことを考えています。とくに2や3を思えば、たとえ一人や二人、侵略軍兵士を切り殺したところで全体的なマイナスははるかに大きいと思います。
 むしろ厳しい訓練に耐え、時には殉職者をだしてもなお訓練を重ねて国防に黙々と従事し、国内外で我が国の領土と国民を守っている自衛官に敬意を払うことが一般国民としての「実戦」であると私は思っています。

 ことわざにも「弓矢の道は武士が知る。仏の道は僧が知る」と申します。少なくとも大学図書館員である私は「実戦」に関してはど素人だと思っていますので、そんな者が実戦を語ること自体、自衛官に対して無礼だという気がしています。



[114] 軟弱者

投稿者: 美濃 投稿日:2018年 1月26日(金)22時35分15秒 sp49-98-84-144.mse.spmode.ne.jp  通報   返信・引用

汁掛けのエピソード、私も聞いたことがあります。
イヤホンはしませんが、私も刺身の醤油や汁といった食べ物はアホの三杯汁ですね~

さて、今日は約1ヶ月ぶりの稽古でした。
道場の温度計は4℃でしたが体感は0℃。
あまりに寒くてもう若くないからと自分に言い訳して昔は絶対使わなかった防寒グッズ(カイロ、足袋、ヒートテック)のフル装備で稽古してしまいました。
しばらくはこの寒さは続くのでしょうね。


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