巽の間掲示板



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60件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[60] 脇差鍔、買いました

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月14日(水)22時09分9秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 最近、脇差がマイブームのようです。脇差鍔をもとめました。何の彫刻も透かしもないただの鉄鍔です。木瓜形で両櫃ですが、凸型の笄櫃はなく両方とも半月形、小柄櫃には銅のかわり金が入っています。
 面白いなぁとおもうのは耳に赤銅の覆輪がかけられていることです。どこかで継いでいるのでしょうけれど、継ぎ目はわかりません。
 いずれにせよ、大切にされていたものだと思います。勿論居合の稽古には使いません。
ただ、手の中で眺めているだけ。鉄味を楽しんでいます。
 今まであまり脇差鍔に目が行くことはなかったのですが、先日脇差で稽古をしたせいか、ふとこの脇差鍔が目に留まりました。
 もう、大小拵をするつもりはありませんし、刀ももう買いませんから、当然脇差も新たに手に入れることはありません。従って拵に掛けることはない鍔ですけれど、使えばよい拵ができそうだなぁと思っています。
 そうですねぇ、何か小ぶりな直刃の気の利いた脇差に図柄は思いつきませんが赤銅魚子地の縁頭に後藤の目貫。そしてこの鍔を赤銅鍔のかわりに使えば、内々の盃事とか茶会などにさしてゆけるのではないかなと思いました。存外古そうな鍔だと思います。見ているとまた、脇差でのお稽古がしたくなりました。




[59] 脇差のお稽古

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月11日(日)15時36分1秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

  昨夜、お稽古に行ってまいりました。最初に少しだけ自分の時間を頂いてお稽古。久し振りに脇差。片手早抜きをやってみました。そうすると皆さんも興味があるようですので、早抜き以外にも脇差の正座などもやってみました。
 久し振りにやりましたけれど、やっぱり脇差はたのしいですねぇ。そういえば何日か前「山内派」でネット検索したらどこかの会のトップページが大小差しての写真となっておりました。 山家派の脇差、楽しいのでしょうねぇ。
 参加者から大小さした状態での居合という声がありましたので、実際やってもらいました。脇差の差し方からお話ししいているうちにあることがわかりました。
 私の柄の取り方で「それはなぜですか」と以前聞かれた取り方があります。「さぁ、ただの癖だと思います」と答えていたのですけれど、ある差し方をしたときの脇差で抜きつけるときの柄の取り方でした。すっかり忘れていて、動きだけが体に入っていて時々出ていたのですね。
 それにしても豊後統行。姿から見て慶長から寛永にうつったころの作ではないかと思います。寛永新刀の姿なのですが、切っ先に力があるなどちょっと慶長新刀の面影がある気もしますので。
 磨上で五分ほど短くなっていますけれど、使いやすく、腰に疲れがきません。寛永と言えば島原の乱もあり、また、そのころと言えば紫衣事件、由井正雪の乱など戦国の遺風さめやらぬ時代だったと思います。
 また、肥前刀が上級者を対象にしたのに対して、高田物は中級武士を対象にしたともいわれます。
 そのせいもあるのでしょうか。とにかく、軽く、行軍には楽だったと思います。勿論お稽古もおかげさまで楽でした。
 お稽古用の脇差ですから、現代製の目貫を使うつもりで購入したのですが見ているうちに刀に悪い気がし、また、刀屋さんが閉店の時に下さった記念のものでもあるので後藤の目貫をいれました。
 そのときは「まぁ、めったに使うものではないから」と思ったのですが、使ってみるとまた折に触れて使いたいなぁと思いました。
 やっぱり脇差は楽しいです。遊びにきておられた合気道の先生が「どちらかと言えば、長い刀より脇差の居合を教えてほしい」と言っておられました。ちょっとわかる気がします。
 脇差の居合、結構かっこいいのですよね。



[58] 白か黒か、はっきりさせないと・・・

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月10日(土)12時09分15秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 先日落札した九寸三分の無銘は例え刃切れがでても研ぎあげて出鮫腰刀拵をつけようと思います。
 柄はありません。黒石目地に網目、それも四角ではなく、波の中で漂っているような感じです。何のデザインでしょうか。
 小柄も欠落しています。それで、ふとずっと以前、友人から贈られた小柄がありますのでこれを入れたいと思いました。手綱をなびかせて牛が走ってゆく図で「発心」をあらわす最初の図「尋牛」だとおもいます。
 目貫は赤銅で二頭の牛をかたどったものがヤフオクにでていたので落札しました。小振りであり、また、裏一面に漆が入っていることからやはり出鮫の短刀に使われていたものと思います。
 十牛図の図とは直接関係ありませんが、出鮫の拵を見てまず目につくのは目貫です。ここに牛を置き、その縁で小柄も牛、そして十牛図への連想。和歌や能本でも良く用いられる手法ですね。鍔は赤銅磨地の四隅に切り込みをいれて木瓜風にした鍔。平らではなく碁石形です。
 ハバキは銅に金鍍金の一重ですし、もともと私は金着せ切羽が好きなので金着せにしようと思います。鍔ともよく映るのではないかと思います。
 縁頭は角。と、ここまではすらすら決まったのですが、どうしようかなぁとおもっているのは鮫の仕上げです。白でゆくべきか、黒にするか。
 牛は裏表で四頭。それぞれにあるは蹄、あるいは尾、あるいは角、あるいは背中、あるいはそのいくつかに金が施されていて真っ黒ではありません。
 そうすると鮫を黒にしたらかえって締まるのではないかなぁと思います。ただ、そうすると柄が白よりは細く見えるので鍔との釣り合い、ひいては全体のバランスがどうかなぁと思います。
 鯉口も虫が食っているので鞘師さんにうまく造り直してもらわなくてはならないかもしれません。勿論いわゆる「こくそ」を詰めて漆で全体を仕上げなおす補修ができれば一番よいと思います。
 費用の事を考えると造り直した方がやすいのですけれどね。この刀もだけど、この鞘ももう一度世に出してやりたいのです。
 そこまでやって鵐目も下緒もつけ、鑑定もとって、さぁ、手放すとなるとまぁ、半値になればよいところでしょうか。勿論刃切れなどでたら半値にもなりません。

 でもよいのです。私はこの短刀をもう一度世に出してやりたいと思いました。

 私は「抜刀隊」の中の

 維新このかたすたれたる 日本刀の今更に また世にいずる身のほまれ
という歌詞が好きです。「日本刀」は「にほんとう」と歌うものと「やまとがたな」と歌うものがあるようですが、私はやはり「やまとがたな」が良いと思います。

 そこには会津も薩長もない、時代に捨てられていった士族への、そして江戸文化への思いがあるように感じます。

 さて、また方向かわってしまいました。

 鮫は黒か、白か、どっちが良いでしょうねぇ。



[57] 安物買いの銭失い

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月 9日(金)00時25分29秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 「俺、絶対あほや」と、心の中でつぶやき続けています。ヤフオクでまた錆味の無銘短刀を落とししまいました。
 九寸三分。その寸法からも研ぎ減りがわかろうというものです。また、刃区のところをみるとくっきりとした三角定規のようなでっかい研ぎ溜まり。末古刀と思いますが、それなら帽子の焼が深いはず。深くありません。深くないのではなく、研ぎ減って刃が下がってきているのでしょう。
 でもなあ、中心が良いのですよ。形、錆色、切に近い浅い勝手下がりの鑢目。きれいに丸く端正な中心先。この中心に惚れてしまいました。
 刃は、・・・。まぁ、あると思います。直刃のようで、刃中盛んに砂流しかかっているようにもみえますが・・・。まぁ、「のような気がする」だけかもしれません。

 普通ヤフオクで馬鹿な買い物は夜にするのですよね。まぁ八時頃だったと思いますので夜は夜です。
 で、次はというと酔っていてやってしまうのですよね。月曜日から一滴も飲んでいません。仕事があるから当たり前ですけど。

 それで、こんなバカな買い物をしてしまいました。

心の中の「大和系統かなぁ、宇多かなぁ、古刀だよなぁ、古刀の献上品や奉納品なら生無銘であたりまえだよなぁ、このまま錆朽ちさせるのはかわいそうだよなぁ」という悪魔のささやきに負けてしまいました。

 ヤフー決済で支払い、送先は研師さんの家。

 「ちょっと気になる無銘があるのですけれど、刃があるかどうか。中心は良いと思うのですけれど。相当減っていますし、先日一振り買ってお願いしたばかりで金もなし。まぁ今回はやめておきます」

と、つい先日研師さんと電話で話したばかりなのに。

 そんな金があったら溜めておいて研ぎ身、在銘、鑑定書付きを買えばよいのにと思うのですが・・・。「安物買いの銭失い」ばかりしています。



[56] 片腰様

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月 7日(水)20時24分0秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 書き込みありがとう御座います。伝統文化の世界はやる事は別でも共通する考え方があるときもありますね。
 利休の手前をどれほど完璧にコピーしてもそれは他人の茶であり、自分の茶ではない。茶にはそういう考え方があるそうです。伝統芸能の中で語られる事は現代人には分かりにくいことも多い半ですが、この話など、人工知能とロボットの発達で利休の手前を機械が完全に復元したからと言ってそれを「利休の茶」といえるかどうか。そう言うたとえをすれば師匠の技を丁寧に学ぶ事は勿論大切だけれど、それだけでは古典芸能は継承できないと言う事が良く分かると思います。形をどんなに完璧にコピーしてもロボットはロボットで、ロボットは茶人ではありませんから。
 やはり、自分の工夫というのが大切だと思います。それは茶会のしつらえばかりではなく、日々の稽古においても同じ事がいえると思います。
 そしてそれは居合でも同じではないでしょうか。山内豊健先生が共著で出された『図解居合詳説』の中に「二尺五寸以上は、ただ鞘を外すというだけで居合ではない」という内容の一文があります。
 私が使っている三尺一寸三分は確かに山内派の色々な伝承の稽古に不向きなときがよくあります。でも、それを承知で私は長年これを使い続けました。私の居合の一番悪い癖は左手を使わず右手だけで抜いてしまう癖です。これを矯正するには他の色々な方法より、私にはこの刀を使うことが最も適していました。
 伝承の中で何が大事かを自分なりに考え、自分なりに稽古に優先順位をつけること自体も稽古だと思います。
 先日何人かお越しになったときは刀袋の緒の結びをやりましたね。結びといえば、お稽古場でも時々下緒の結び方をやります。地獄捜のとき、結び玉の意味を知っておけば便利ですし、特殊なことばかりではなく普通の蝶結びを知っていれば片付けがきれいですし、下緒が刀袋の中で痛むのを防いでくれると思います。
 個別の業は勿論、全体の基本となるような技術、あるいは居合とは直接関係なくても役に立つ刀関係の知識など。学び方、あるいは教え方は人それぞれに工夫することに上手く伝わるように思います。
山内家に伝わる介錯のときの懐紙捌きを知っていると介錯の意味も分かりやすいですね。
 最初の内は形とか基本とかは本当に大事ですけれど、ある程度お稽古が進めばかえ業や、あるいは今回の八重垣のように自分なりの工夫をした稽古も良いことだと思います。
そして仲間同士こういう情報を共有できたらお稽古が楽しくなると思います。
 お稽古用の脇差に拵がつきました。磨上在銘一尺七寸五分豊州高田住藤原(以下切)と
それでもまだ長いのでお稽古してみたらどうなるでしょうねぇ。私は一尺三寸位の脇差が一番すきなのでこんな長いのは使ったことがありません。まぁ刀より短いわけですから、短刀や小脇差を抜くときと同じように、ちょっと下村チックに抜いてみるのがよいのだろうなぁと思っています。



[55] 蛇足ですが試行錯誤

投稿者: 片腰 投稿日:2017年 6月 6日(火)18時42分11秒 p1895109-ipngn200609osakachuo.osaka.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

お稽古がすすめば試行錯誤はするもの。想定を試したり文献を探し回ったり勿論師匠や仲間にも聞く。それが予想と違っても分かればしめたものではないですか。自分で考えようとしたから身につくのでは。いつまで経っても口を開けて咀嚼して入れて貰うのを待つばかりではモノになりそうもないです。楽しい稽古の過程を読ませて貰えばその場にいない仲間の稽古にも違う視点を頂けるかもしれません。此方は恩恵を受けている方ですけど。

http://kenshinkandojo.com/



[54] 山銅?

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月 4日(日)13時43分58秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 御勝山永貞の柄に着けていた縁金具が割れてしまいました。修理するのはいつになるかわかりませんけれど、次回は角掛巻ではなく、赤銅魚子地に松と波の縁頭をつかおうかなぁと思っています。
 鍔には梅を持ってきて、目貫は手元にある牛を使いたいと思っています。さて、この目貫なのですけれど、赤銅ではなさそうです。
色合いから見るとどうも山銅でできているようです。山銅の鍔というのは見たことがありますし、古い太刀金具にもあるそうですけれど、目貫というのは見たことありません。
あまり例がないのでしょうか。

 牛と梅で天神信仰の図柄と言うのはすぐわかっていただけると思いますが、実は松も故事から天満宮の神紋です。
 松と波の縁頭というと普通に考えれば三保の松原か天橋立といったところでしょうが、道真公の「右近の馬場に祠をたてよ」というお告げがあり、一夜の内に千本の松が生えるという奇跡がおこったという話もあります。そこには紙屋川が流れているので、この縁頭の松を右近の馬場の松と見て、波を紙屋川の流れと見たいと思っています。
 ただ梅の鍔は持っていません。何かこの縁頭とあいそうなものを探したいと思います。

 研師さんに「使う刀ではない」と言われているので今は観賞用にしていますけれど、よぼよぼの老人になっても居合をしたいと思っていたら使いたい刀です。
二尺四寸七分半。反り四分。慶応・元治のころの体配ですが細身なのでとても軽い刀です。
 軽くて短いので、歳を取って友達が欲しくなったら、剣連に入って制定居合をならうのにもよいのではないかと思います。
 二十代のころから根元の巻をもらうまでずっとこれを使っていたので体が覚えているでしょうし。



[53] 短刀の拵 to be not to be です。

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月 2日(金)22時37分26秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

兼永の短刀につけた拵の出来があまりにひどかったので別の職人さんに造り直してもらいました。もう何年も前の事です。
そのとき残った鞘は言ったとおりにできていないだけで、ちゃんとした塗師屋さんがぬったものなのでいつか生かそうとおもっていました。
それで今度の無銘刀を買ったのですが、入りません。寸法や反りはほぼ同じですが、鵜首造の兼永は重ねが薄く、無銘刀は研ぎ減っているとはいえ、普通の平身なので厚いのです。
やっぱり後家鞘に刀を合わすときはちゃんと入るかどうか確認してから購入すべきでした。
「下手の考え休むに似たり」
でした。

 どうしましょうねぇ、無銘刀。研ぎあがったらどのような拵にするか刀を見ながらじっくり考えてみます。
 やはり、お稽古に使いたいのであまり良い金具は使わない方が良いと思いますし、痛めないために小柄はつけない方が良いだろうなぁと思います。
 その一方で、そんなにしょっちゅう使うわけではなし、せっかく古い刀なのだから良い金具でまとめたい気もしています。



[52] 全部その場でいっています

投稿者: 月本 投稿日:2017年 6月 1日(木)20時41分37秒 pl22297.ag5354.nttpc.ne.jp  通報   返信・引用

 ダメなものはだめと、その場で言っています。あの時もそうでしたね。「足に、ではなく、結果として足」というところが入っていないから、こうしましょうと話したところが一番肝心なところ。それがあるから、寸法がずれたので、いろいろやったはずです。
 それがとても楽しかったのでここに書きました。

 私は、お稽古は遊びが大切だと思います。遊びには古来二つの意味があります。所謂「楽しい」、「仕事ではない」遊び。もう一つは「神遊び」の遊び。つまり人間界以外の世界のものと接する遊び。
 居合のお稽古には両方の遊びがあってよいと思います。ただ、後者は私には無理です。信仰心がありませんから。
 私は前者の意味において今回の書き込みをしています。大学時代、能楽部の部長(体育会でゆう主将)のとき、部員に、特に合宿の時に行っていたのはやはり遊びです。大学サークルの能楽は能役者養成機関ではありません。大学教育の一環です。
 私のような素人が教える居合の稽古もそうです。プロの武道家を養成しようとしているのではありません。「一座建立」ということがあります。立場もものの考え方も違う人間が集まって一時心楽しい場を持つ。それが一座建立です。私は私のお稽古はそうだと思っています。先日のお稽古は特にそれができて、楽しかったのでそのことを書きました。



[51] その場でいうべきものはそのばでいう

投稿者: 三の丸 投稿日:2017年 6月 1日(木)18時07分4秒 101.143.229.188  通報   返信・引用

「八重垣で遊んでいました」見しました。最後の文。これは今作られたもので・・・・・・・という記述がありましたが、その提言はお聞きしていません。ただ、今までのお教えの中、伝来の大切さということは重々身についていると思っていますのでお稽古の仲間にもその旨は伝えています。「八重垣で遊んでいました。」とのこと、見ていただいたのは「前」からなのですが。「前」は遊びではなかったのですか?所詮浅い修行の身。注意して注意して行動をしているつもりですが。「だめなものはだめ」「いけませんな」とその場でいっていただけたらと思いますし少しでも納得のいくものを作りたいと考えましたが。そういうことなればそのばでやめました。これは先生にもお話ししたように一人のお稽古に行き詰まったり、二人で「理合いはこうかな」などを確かめ合うための遊びといえば遊びです。「胴をわざとあける。」との記述もありましたが、わざと開けるということでなく、互いに抜き付けを行えばご指導をいただいた形にならざるを終えないことは承知していての工夫でした。先生は次々と奥のわざ?を取り交えていただきますが私としてはそのような技を取り入れてよいものかと考えてしまいできる範囲の動きでとかんがえてしまいます。私としては当市において武道振興会という催しがあり、幼い子供たちが長い鞘付き木刀を抜き差しならず「壁添」のように上に抜き上げる形をすれば左手も使い、抜けなかったものが抜けるということに興味を覚えた様子から、また「抜き付けはただ横からのみではない。あらゆる角度から・・・・・」とも聞いていたので相手の抜きざまに抜きつけるという感覚をおぼえるにはわかりやすくいいかなと思い採用していました。掲示板を見ることはあまりありませんでしたが、知人にこのような記事?が載っていると聞かされ初めて返信を書いています。知らないところでのできますれば「幼子がたのしんでいるなあ」と大きなお心で見ていただけますようにお願いします。これは当会でのみのたのしみにします。


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